御陰神社(京都)にお参りした「おかげ」でわかったことがあった。
境内で「荒御魂(あらみたま)とは御生(みあれ)されたばかりの御神霊」と説明にあるのを読み、
古代「生れ」と「荒れ」は同じ意味で使われていたことがわかった
「生れる(あれる)神」とは最初に降臨した神のこと。
下鴨神社・葵の庭の謎な説明板とあわせて、ウラの神様(御陰様)の存在に気がついた。
荒魂を「神様の荒々しい面」と考えていたが、御蔭神社の説明であらためて調べてみたら、それは、明治以降の話で、古代にはまったく当てはまらないことを知った。
これがわかって、以前レポートした生島足島神社(長野県上田市)で「荒魂社」をお参りしてモヤモヤしていたものが晴れた。
生島大神・足島大神は御祭神であるにもかかわらず、荒魂だけわざわざ別に小さく祀っている理由がわからなかった。
でもそれはおそらく、こうだ。
神仏分離の明治時代、写真のような形象物や祭祀を、格式の高い神社で祀るのは「ケシカラン!」と、明治政府が本殿から追い出したのだ。
困った神社が何とかして御神体を残すため「荒魂」という考え方を編み出したのだろう。似たことは全国で起きたはずだ。
皇国史観(こうこくしかん)というガチガチの時代には、古代のイキイキとしたおおらかな祭祀観と象徴物はいっさい許されなかった。
そういうことも頭に入れた上で、神社巡りをしないと、と反省した次第。
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id:kekio2000 さん。🎵どちら(どれ)にしようかな?ウラの神様の言う通り~、もこの「浦」だったのかしら?
先日、ブックマークでいただいたコメント。
子どもの遊び唄だが、皆さんの地域では「ウラの神さま」と「天の神さま」どちらだろう?
私も「ウラの神さま」だった。
はじめからそうだったので、どんな神さまかも考えたことがなかった。
コメントに書いていただくまで忘れていたし、だから、余計に驚いた。
考えてみれば「太陽のただ射すところ」には「陰」ができる。
案外、ウラの神さま(御陰様)はあちこちにいるのかも知れない
伊勢神宮参拝を「おかげ参り」というが、あらためてその意味(ナゾ)を考えてゆきたいと思う。
なにごとのおはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる
どのような存在にかたじけなく感涙したのだろうか?