ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

三種の神器・考(Ⅰ)万葉歌で歌われた【弓月ケ嶽】は穴師山【ゲシノオオダイラ】

奈良県桜井市 #穴師坐兵主神社 が三社合祀であることの意味をあらためて考えてみました。三社は鏡・勾玉(鈴)・剣を御神体とします。ヤマト創世記を起源とする #三種の神器 の意味を考える糸口になるかも知れません。#弓月ケ嶽 #穴師山 #箸墓古墳

目次

本文

三社合祀の穴師坐兵主神社の謎

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出雲伝承に示される「点」に対して、自分なりの仮説「線」を引き、穴師山(奈良県桜井市)周辺の古代ヤマトの徐福伝説(仮説)を紹介しました。

穴師坐兵主神社「一の鳥居」鉄塔の向こうに見えるのが穴師山(纏向遺跡近く)

関連して、あらためて、穴師坐兵主神社が三社合祀*1であることについて考えてみました。

なぜなら、おそらくヤマト創世記を起源とする 三種の神器 の由来を解き明かす糸口かも知れないからです。

穴師坐兵主神社 三神殿 神社と御神体

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弓月ケ嶽。ゲシノオオダイラ

鏡を御神体とする ①穴師坐兵主神社の元社の鎮座地は 弓月岳 とされています。

あしひきの 山川の瀬の 鳴るなへに 弓月が嶽に 雲立ち渡る(万葉集巻7-1088)

飛鳥時代に、柿本人麻呂に詠まれたお山は、古伝等により巻向山(纏向山)とされていますが、巻向山は二峰とされており(コトバンクより)、具体的にどの山を指すのかははっきりしていません。

手がかりは、穴師坐兵主神社の社伝に書かれた ゲシノオオダイラ にありました。

いわく「弓月ケ嶽頂上近くの台地はゲシノオオダイラ(夏至の大平)と呼ばれていた。箸墓古墳から見て弓月ケ嶽に日が昇る時を夏至として稲の生育祭がこの台地で行われていた」

開物は社伝の一次資料にあたってませんので参考に「玄松子」さんのリンクを貼っておきます。

genbu.net

弓月ケ嶽は穴師山

箸墓古墳中心から見て夏至の日の出は「穴師山」

日の出日の入マップで、今年の夏至(6月21日)の日の出方向を確認すると、ぴったり、穴師山を指していました。

つまり、穴師坐兵主神社の社伝によると、弓月ケ嶽は穴師山 ということになります。

以前、箸墓古墳の周濠を歩いた時に、墳丘中心(麓)から、巻向山を中心に、穴師山、三輪山をまとめて撮った写真。

箸墓古墳から巻向山、穴師山、三輪山

とんがり頭みたいなカタチが穴師山。

確かに山頂付近に「オオダイラ」と呼ばれるような台地があるようです。

続きます。

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*1:元は穴師坐兵主神社(名神大社)、巻向坐若御魂神社(式内大社)、穴師大兵主神社(式内小社)の3社で、室町時代に合祀されたため、御祭神は神名ではなく神社名になっています。https://www.zero-position.com/entry/2024/12/01/163942 より