ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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【元宮 土師神社】古寺・土師寺の伽藍配置 神仏習合始まりのスガタ【道明寺天満宮 境内】

世界遺産古市古墳群のエリア内、埴輪の土師氏の拠点であった道明寺天満宮の大きな境内。

その中に、元宮・土師神社(もとみや・はじじんじゃ)がこじんまりとあります。

が、道明寺天満宮世界遺産古市古墳群と言われてもピンとこないかと思い、地図でビジュアルにしました。

巨大古墳が並んでいるそば、黄色の囲いが江戸中期の道明寺天満宮の境域です。

古墳時代の最盛期、あそこで土師氏は窯(かま)を操業し、埴輪を造っては、せっせと大王の古墳に運んでいた様子が目に浮かびます。

なお、東側を流れる石川は、もう少し北で大和川に合流します。

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古市古墳群と江戸中期の道明寺天満宮のサイズ

前回記事

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前回紹介したように、仏教伝来・聖徳太子のころ、土師氏の長が、邸内の土師神社を含む土地を提供して、四天王寺式伽藍(五重塔-金堂-諸堂が南北に並ぶ)のある土師寺(はじでら)を建立し、後に子孫の菅原道真公にちなんで、道明寺天満宮になりました。

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【由来書】土師神社 ⇒ 土師寺 ⇒ 道明寺天満宮

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道明寺天満宮 江戸中期の境域

現在の地図に、江戸中期の境域を当てはめてみました(黄色の点線部分)

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道明寺天満宮 現在の境域

土師寺(現存しない)は土師神社のジャスト南、土師氏の祖先神にへり下った『神仏習合のカタチ』で建てられていたのがわかります

ここが聖徳太子らしさというか、なにがなんでも『自分が勧める仏教!』という感じではなく、神社(様式)と仏教伽藍を巧く和合させています。

西門(さいもん)鳥居に合わせて、伽藍を配置した四天王寺さんと同じコンセプトです(記事末にリンク)

元宮 土師神社

御祭神:天夷鳥命(あめのひなどりのみこと)、大国主命(おおくにぬしのみこと)、野見宿祢命(のみのすくねのみこと)

御祭神を見る限り、土師氏は出雲系の一族であることがわかります。

大国主が出雲の王、野見宿祢は大臣クラス(宿祢または臣は、古代の重臣の役職名)と伝えられていますが、天夷鳥は少し事情(歴史解釈)がややこしく、関西ではなじみが薄いので、ここでは触れないでおきます。

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道明寺天満宮 元宮 土師神社

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土師神社 狛犬

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土師神社 御祭神

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土師神社 本殿

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土師神社前の参道にて

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