ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

にほんブログ村・ポチっとお願いブログランキング・にほんブログ村へ

第30代敏達大王(訳語田天皇)

【国石ヒスイの古代史(15)】玉作の物部氏と忌部氏 古代王朝に仕えた祭祀の一族★★【三種の神器・雑考(5)】

まとめ 物部氏、忌部氏は古代王朝で祭祀を行う一族で、それぞれ玉作の職業集団を有していました。物部系の玉祖連は400年代の難波と河内、忌部系の玉作集団は500年前後のヤマトで、活動のピーク期とエリアは異なります 目次 難波玉作部は物部★★ ヤマト曽我の…

【三種の神器・雑考(3)】八尺瓊勾玉は古代難波で造られた!?【敏達の五条宮 × 玉作部】★★★

まとめ 敏達天皇の和風諡号は #渟中倉太珠敷天皇 ヒスイ大玉の宮にすむ天皇という意味。渟中倉太珠(ぬなくらのふとたま)が #八尺瓊勾玉 であるなら #古墳時代末期 の #古代難波 で造られた可能性も? #五条宮 #難波玉作部 #難波祝津宮 目次 八尺瓊勾玉(や…

四天王寺の七ふしぎ(1)不思議じゃないけど不思議な話【芦分舟バージョン】

四天王寺さんの七不思議。 そんな話があることを聞いたことはありますが、具体的に、どんな内容かくわしくなかったので、調べてみました。 ふたつ、ありました。 ひとつは江戸期の延宝三年(1675年)に刊行された『芦分舟、あしわけぶね』で紹介されてい…

四天王寺七宮は地上に描かれた古代のハザードマップ★

まとめ 四天王寺 には『七』の話がいくつかあります。#聖徳太子 の #七星剣 #七不思議 など。#四天王寺七宮 は寺を守るため創建時からあったと伝えられます。当時の #古代上町半島 の地形を考えれば、七宮が配置された理由、そして日本の神様の役割が見えて…

四天王寺の鬼門に鎮座する五条宮(主祭神:敏達大王)かつての毘沙門池

四天王寺さんを出て、北東に隣接して五条宮(大阪市天王寺区真法院町)が鎮座しています。 主祭神は、第30代敏達(びだつ)大王(在位:572-585年)※四天王寺創建は593年 (敏達大王の別名:訳語田天皇・おさだのおおきみ、渟中倉太珠敷尊・ぬなくらのふと…

【日羅公の埋葬地(4)】古代の行政区・難波の小郡とはどこか?★★【0608訂正バージョンUP】

前回の続きです。 www.zero-position.com 『西畔丘前(西のほとりの丘の先っちょ)』は茶臼山古墳と書きましたが、では『難波小郡』とはどこなのでしょうか。 もちろん、古代に上町半島だった現在の大阪市内に小郡という地名は見当たりませんから、考察する…

【日羅公の埋葬地(3)】難波小郡・西のほとりの丘はどこか?★【荒墓・荒陵 茶臼山古墳】

古代妄想レベル:★★★=MAX ★★=MEDIUM ★=MIN or A LITTLE 1400年前の古墳時代末頃、現在の大阪市内主要エリア(キタ・梅田、ミナミ・難波)は上町半島西側の「海底」。 飛鳥時代まで大阪の古代史は、瀬戸内海と(旧)河内湖に挟まれた、南北に長い柄の…

【日羅公の埋葬地(2)】天満・日羅公の碑 四天王寺・古代文字の碑

前回・将軍地蔵尊、日羅像(碑は昭和28年、像は制作年不明) www.zero-position.com 先日、ご紹介した肥後熊本生まれの日羅(にちら)公。 半島の百済(くだら)にわたって、王に次ぐ位・二位達率(だちそち)という大変高い位に出世した人で、 敏達大王(…

【日羅公の埋葬地(1)】石碑に書かれた驚きの史実【将軍地蔵尊(大阪市天王寺区上本町)】

長らく大阪に住んでいて、地元の史跡には慣れ親しんでいるものの、それでも見落としていること、見落としていたことがあります。 あまりにも小さな『点』、それは『(歴史として)隠されているから』なのかも知れません。 日羅(にちら)という人物をご存知…